今思えば、不調の知らせがあった10月の終わりにもっと早く帰省しておけば良かったのかもしれないな。
仙台 (1)



おばあちゃんが長生きだったので、勝手にあと10年位は元気だろうと思ってたけど、コロナ下で孫に会うこともできず、趣味みたいな仕事にでかける事もできず、周りの友達が相次いで他界していたら、心的なストレスが想像以上だったのかな・・・


父の企業年金が75歳で終了して普通並の年金になるタイミングだったりして、急に積立や掛け金やらが負担に感じてしまって、それを解約する術がわからなくなって頭も心も混乱してしまったんじゃない貧困妄想に取り憑かれてしまったと勝手に解釈したけど、それで合ってるのかもわからず。
仙台 (2)


退職金も出て、自宅の住宅ローンだって完済しきってるし、本来なら孫の面倒を見ながら悠々自適に毎月旅行でもしながら暮らしていけるのに、息子や孫名義の保険に入ってみたり、積立をしてみたり、証券が沢山。



11月に弟が帰省しても元気がなく、心療内科で処方された薬を飲んだ翌日に救急車で運ばれたり・・・


11月は弟にまかせて、12月の頭から実家に戻って一週間程リモートで仕事をしつつ、実家に滞在して面倒をみたら、歩いて庭の掃き掃除ができる程度まで回復したので安心したのに、油断して東京に戻ってみたら症状が悪化。

一週間あけて、また仙台。
一週間前の面影がなく、痩せ細ってしまってる・・・

昼間はリモートで仕事をして、朝昼晩と食事を作って、夜からは介護認定の手続きや、母に直接聞き出す訳にもいかないので、積立やら保険やら証券から連絡先をたどって、解約の書類を入手したりしながら、解約祭り。
こんな30件近くもある解約を70歳を超えた老人が取捨選択して行うのは無理だな・・・
解約しようとして電話をしても、なるべく解約させないような営業トークをされたら、ついつい続けてしまおうかな・・・と思ってしまうし。


ロスジェネ世代と呼ばれる自分の世代から比べると、生涯なんの心配もなく暮らせるだけあるのに。



出てきた、若い頃の母の写真。
仙台 (3)


病弱だった娘(姉)がいたから、心配事も絶えずずっと大変だったと思うし、そんな娘も心の病気を患ったまま先に他界してしまうし、後悔もあったのかもしれないな。

「親が一番辛いのは自分の子供が先に亡くなってしまう事」って、おばあちゃんが良く言ってたのを思い出した。


姉の事を親に任せてしまって、東京で好き勝手に生活してたから、せめて今位は両親の為に時間を使わないと思いつつも、心の病からくる摂食障害は素人では太刀打ちができなくて、日に日に痩せていくので、内科と精神科がある病院で年内で入院できる病院を探して入院手続き。

医療保護入院じゃなく、任意入院ができる程度に、母の意識があってよかった。

病院


入院させる事が無責任と責められそうな気もするけど、そんな周囲の目や自責の念に耐えれば良いだけなら、甘んじて受ければ良いだけ。


しっかりと栄養を取れるようになって、自分の力で歩くようになってくれるには2〜3ヶ月はかかるだろうけど、春が訪れ雪柳がみれる頃なので気分も上向きになるから丁度良いはず。



あとは、良く言えば大らかで能天気でポジティブな父に、もう少し人の気持ちに寄り添うことを教えてあげないとだめだな。
相談しても「大丈夫大丈夫。」だけで片付けてしまう節があるので。








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