セイ生活

三姉妹と二姪っ子との幸せな毎日.東京での子育て.パパ.時々趣味.庶民.

2004年11月

200411100538.jpg24才のこんな子をナンパしました(*^o^*)

 
・・・ウソです(^w^)プッ セイのハニーちゃんです。バカップルなんで、ツリーの前で撮影(*Θ_Θ*)ムヒョヒョ

image.jpg道玄坂方面から入ったら、青いクリスマスツリーがあったよ(*Θ_Θ*) 気が早いなぁ〜と思いつつも綺麗だったんで激写♪

image.jpg手前がセイが頼んだ、照り焼きハンバーグロコモコΨ(`∀´)Ψ 奥は彼女が頼んだノーマルのハンバーグロコモコ。渋谷の公園通りをNHKホール方面へ歩き、ミスドを右折すると1階に『デザート王国』ってお店があるビルのB1。前はこんな店あったかなぁ〜?と思いつつ入店。お洒落な感じな店内で、大半が♀の客。♂同士では入りにくそう(;-o-) まぁ、♂二人ならロコモコなんかより牛丼とかに走っちゃうんだろうけど(゜д゜) 何気に安くて、ドリンクバーまであってくつろげました(*^o^*) 味もけっこう美味しいので、デートの時のランチなんかにお薦めだね♪ けっこうボリュームがあるよ('ε')

image.jpgパッと見はかなり美味しそうな感じだけど、イマイチでした。すごい不味いって訳じゃないけど、麺は茹ですぎでぐにょんぐにょん。麺の上にのってる海苔が麺に絡まり、麺は麺で絡まり、非常に取りづらい(;-o-) スープ自体は不味くはなかったけど、どこにでもあるような味でした。メインなチャーシューは、美味しかったんだけど脂身が多い所にゲンナリ( ̄З ̄)ブー 普通のつけ麺と、チャーシューのつけ麺を頼んだけどチャーシューが多いから一人じゃなかなかキツイよ(゜д゜) 相席してた引っ越し屋の兄ちゃん達が『これヤバイな〜。ごっついな〜。』なんていいながら、苦しそうに食べてたからね〜(−Q−)。まぁ、またこのお店に来る事はないな〜って感じです。。

セイの評価:★★

住所:東京都新宿区西新宿1-4満来ビル1F2F

電話:03-3340-2727

営業時間: 11:00〜21:00

定休日:日曜祝日

公式HP:

image.jpg睡眠不足な中、ラーメンマニアなEMPIREに無理矢理拉致されて昼ご飯。初台にあるなんとかってお店向かったんだけど、『都合により本日閉店』の貼り紙(゜д゜)ガビーン 眠気が境地にやってきてて、テンションが下がりつつある中甲州街道沿いの『やすべえ』に向かいました。ここは、回転も早いし夜遅くまでやってるなかなかいいお店なんだけど、これまたビッ栗(×_×)すごい行列。安くて美味しいけど、そんな並んでまでは食べないだろ〜(;-o-)って位並んでました。時計を見れば昼の12時をチョット回ったくらい・・サラリーマンなんかの、昼食の時間だったのね〜( ̄З ̄) 『サラリーマンは昼食を食べるにも一苦労なんだなぁ〜』と感慨にふけながら、次のお店へ(・ω・)ノ 『満来』。新宿駅西口の大きなカラ館の麓にあります。何気に行列(;-o-) 『やすべえ』よりは行列少ないし、もぅ他に行く気力がないので並んでみました。『ざるラーメン』850円『ざるチャーシュー』1150円とチョット高め・・。1階がカウンター席、2階がテーブル席なんで2階へ。引っ越し屋系のお兄ちゃん二人と相席になりました。

セイの評価:★★

住所:東京都新宿区西新宿1-4満来ビル1F2F

電話:03-3340-2727

営業時間: 11:00〜21:00

定休日:日曜祝日

公式HP:

考える事が多くなってるこの頃。人生の帰路ってやつに立たされてます。何で人は歳を重ねるとしがらみが多くなってくるんだろ・・。世の中、愛や恋、自分の事だけ考えていけるならどんなに楽なのか・・・
 自分以外の周りの事で、自分の未来を決めなきゃいけない。理不尽な気もするけど、それは世の常。ずっと逃げてる訳にもいかないし、いつかは直面しなきゃいけないのはわかってたけど、いざ問題を解決しようとしても解決策がうまく見つからない。『自分を殺して生きる』なんていい言い訳。自分を殺すんじゃなく、どうしようも無く情けない自分を、何にもできない自分を他人の所為にしてみるだけ。
『好きな人を幸せにしたい』そう思えば思う程、自分ではその役目を果たせないような気分になってくる。自分以外の、もっともっといい人と出会って歩んだほうが幸せになるんじゃないかって思う。責任感なんてなければいいのに・・。無責任な人間になれたら、どんなに人生楽なんだろ。
 好きになった人の人生を背負うこと位なら、容易いと思ってる。好きになった人の為なら、なんでもしてあげれる。でも・・・でも、好きになった人に自分の人生を、自分以外の自分が背負ってしまってる人生までを背負わせたいとは思えない。
『好きになった人の為なら・・』って反対に言われるかもしれない。でも、もしもその人がセイなんかに出会わなければ、その人はもっと楽で幸せな人生を歩めた筈だと考えると、どうしようもない気分に襲われる。
無責任に結婚しようなんて言える人達が羨ましい。責任感なんて持ち合わせない方が、世の中気楽に生きていけるんだろう。ずっと悩んで考えても、いい案なんかでない事もわかってる。一番いいのは、無責任になる事なんだってわかってる。自分以外なんて、二の次にしちゃえばいいって事。でも、それが出来ないから悩んでる。
 『みんなに優しくしないで。あたしに一番優しくして。』そんな事も言われたね。『優しさ』と『責任感』は今は自分の重荷になってるんだろーか? 
 『人は裏切るイキモノ』そんな風に思ってた自分が居て、そんな自分を変えてくれた彼女が居る。裏切られたって、誰も裏切らないように行こうと思う。

信念がネジ曲がってしまいそうになる。なぁなぁな流れに乗ってしまいたくもなる。誰かを犠牲にしてしまいたくもなる。でも、たった一人傍で味方で居てくれる人がいるなら、もうチョット『優しさ』と『責任感』を持って生きていこうと思う。

山間部にも物資、「助かった」の声
 新潟県中越地震の被災地で、オートバイを使ったボランティアが活躍している。道路が大きく陥没し、四輪車ではたどり着けない地区があるため、支援をくまなく行き渡らせるのにはオートバイの機動力が生きるためだ。復旧が進み、車が通れる道路も増えたものの、依然として深刻な渋滞が続いているだけに、「オートバイボランティア」の活躍はまだまだ終わりそうにない。(山田英嗣)
 オートバイボランティアは、全国のオートバイ愛好家が愛車を持ち寄って救援物資の配送などを行う。スクーターから大型バイクまで持ち込まれるオートバイの種類はさまざまだ。小千谷市では連日、市総合福祉センターに開設されている「災害ボランティアセンター」を拠点に約二十人があちこちを走り回り、週末などには百人以上が参加することもある。
 同市では地震の影響で道路が寸断され、市道だけで計約八百カ所に陥没や亀裂が入るなどの被害があった。市内には山間部の集落も多く、地震直後は車で行けない場所も目立ったため、小回りがきくオートバイによる支援が威力を発揮した。
 オートバイボランティアはこれまで、車で行けない場所に避難している市民のもとを訪れ、求められている支援内容を調査したり、物資の配送などを行ってきた。ときには看護師の資格を持ったオートバイボランティアを派遣し、市街地の病院まで行けないお年寄りのケアを行うこともあるという。
 一連の活動は被災者にも好評で、山間部で避難生活を送る被災者から「このようなところまで来てくれて助かった」などとの声が多く寄せられている。
 活動の調整などを行っている「災害ボランティアネットワーク埼玉」スタッフの生田目俊之さん(36)は、「現在も道路渋滞が激しく、オートバイボランティアのニーズは高いと思う。雪が降ると活動できなくなるので、それまでにできるだけ多くの支援を行いたい」と話している。
(産経新聞) - 11月8日15時20分更新

YAHOO!のトピックスで見かけたニュース。同じバイク乗りとしては、なんか嬉しいニュースでした。人の為に何か出来るって簡単な様でなかなか出来ない事だと思うし、凄いと思う。凄いと思うのに、何も出来ない、何もしようとしない自分が不甲斐なくも思う。

image.jpg吉野家のカレー牛丼+ごぼうサラダ(>▽<) なかなかうまかったよ♪ 吉野家久々に行ったなぁ〜。

image.jpgなかなかバランスが取れてると思うけど、どうなんだろ?? ここまでカスタムして車両込みで20万以下に押さえてるんだからスゴクない?(・ω・)?

image.jpgハンドルポストをデイトナの2インチに変えてから、どんなハンドルにしようか迷ってました。イージーライダースのハンドルにしようとは思ってたけど、なかなか決まらず・・・ シックスベンドバーは前のSTEEDに付けてたから、いまいちつまんないかな〜と却下。ハンドルが低い位置にあると、後ろからみるとTIMゴルゴの『命』みたいな格好に見えるから、ダウン系のハンドルも却下(`^´)
イージーに下見に行ったら、チョッパーバーかスプリットバー、ナローハイバー辺りがしっくりくるな〜と思い検討する事に(●^o^●) 結局、水曜日にイージーにまた行ってナローハイバーを購入。決め手はナローハイバーだけ半額になってたから(゜д゜) ステンレスで4千円なんて安いよ♪ でも、ナローハイバーにしたから、ワイヤー類は総交換になるからステンメッシュスロットルワイヤー&クラッチワイヤーを購入。ブレーキホースはネットで千円で落としてたのがあるから買いませんでした( ̄З ̄) メインハーネスも本当は買わなきゃいけなかったんだけど、なんとなく今ついてるのがノーマルのより長い気がしたので購入しませんでした。この日は総額12000円を使いました。(ちなみに前のSTEEDは、イージーでシックスベンドに変えて貰ったんだけど工賃やワイヤー類込みで5万位かかりました・・)
 そして昨日、ハンドル交換に取り掛かりました。メインハーネスが届くかどうか心配だったけど・・・。プラスドライバーとヘキサゴンレンチとスパナがあれば楽勝☆ ノーマルグリップを再利用したから、外すのに苦労はしたけどね(・ω・) メインハーネスは結局届かなかったので、ヘッドライト側をニッパーで切断&ギボシで延長しました(゜д゜) なかなかうまくいったんで良かったよ(笑) 延長を買った方が楽だよ(→_→)

『仏教』なる本を読みました。最近ブログに書くネタもないので、その本の内容でも書いてみます(笑)
紀元前560〜460年くらいに、釈迦族の王の子として生まれたゴータマ・シッタルダ(ブッタ)が王家も家族も捨て、真実を探しにいく所からはじまります。
『人は何故 老い病み 死んでいくのか』『人生とは何か』『愛欲 男と女の交わり 愛欲は楽しみが少なく苦しみが多く災いの多いものだ・・』と苦行を行いながら、真理を求めようとしてました。シッタルダを探しにきた王家の家臣達も沙門(修業僧)になり、シッタルダと苦業を共にします。年月は過ぎても、蘊魔や煩悩魔を振り払えずに悩んでいました。そして、行水に行った際にふと見上げた空の青さに気付き、村人から乳粥を差し出され受け入れました。そんなシッタルダの姿を見て、沙門になった家臣達は『解脱するために断食していたのに、王子は堕落してしまった』とシッタルダの元を去ってしまいました。
シッタルダは断食しカラダをいじめ続ける苦行ではなく、ゆっくりと坐る行を行なう事にしました。そんなある日ピッパラの木の下で、法があらわになり真理があらわりなり、シッタルダは目覚めました。
補足ですが、【目覚めた人=ブッダ】から、ブッダという名前になったそうです。
 ブッダは『人には三毒にそまりきる者もある また世の塵垢にそまること少ない者もある しかしどの人も法を聞かねば退転する ブッダよ!えそれずに法を説け!』との梵天の勧めで説法を説くようになりました。

仏の十号
如来 真理を体現する者
応供 阿羅漢(世の尊敬に値する者)
正遍知 あまねく正しく悟った者
明行足 智彗と行いを兼ね備える者
善逝 真の幸福を得た者
世間解 世の中を熟知している者
無上士 最上の人間
調御丈夫 人間を教え導く者
天人師 神々と人間の教師
仏、世尊 悟りを開き、幸福を得た者

『悟りを求めて励む修業者たちよ 完全な悟りに至るためには通ってはならぬ極端な道が二つある』
『その一つは愛欲にふけることである そしてもう一つは自分を苦しめることである』

八正道
正見 とらわれの心を捨ててものごとをありのままに正しく見ること
正思惟 ものごとを正しく考え判断すること
正語 正しい言葉を話すこと
正業 正しい行いをすること
正命 規則正しい生活をすること
正精進 正しい努力をすること
正念 正しい思いと目標を持つこと
正定 心を正しく安定させ常に心を安らかにすること

『苦行は人を悟りへとは導かぬ それどころかこの人生そのものが苦の連続である この苦には相応の原因がある そしてこの苦の原因をつきとめ 克服しなければならない その方法が八正道なのである』
と弟子達に説きました。

 月日は経ちブッダは八十歳で亡くなりました。残された弟子達が釈尊の教えの解釈をする必要に迫られ、教典が編まれるようになりました。しかし仏教教団内部で意見の食い違いが出てきて、だいたい釈尊の死後百年くらいたったときに、根本分裂が起きました。保守派を上座部、革新派を大衆部さらに紀元前百年ごろまで二十もの部派に教団は分裂しました。そして、中国に仏教が伝わったのは紀元後一世紀頃。中央アジアからシルクロードを通って伝来しました。
 仏教は中国に根づき、膨大な教典の翻訳がなされていき、同時にそれぞれの教典の位値づけや体系づくりも進行しました。どの経の内容が高いか低いか位置づけていくのを教相判釈といい、当然たくさんある教典に上下をつけたら論争や解釈の違いが生まれ、それに終止符を打ったのが六世紀末。『五時八教』という教相判釈を書いて、その中で釈尊の説法を五つの時期に分け体系化し、法華教こそ釈尊の真意であるとしました。こうして中国に初めての宗派、中国天台宗を確立。

日本への仏教の伝来は、五三八年百済の聖明王が欽明天皇に釈尊像や教典類を送ってきたことで知られますが、民間ではすでに朝鮮から渡来してきた人などを通じて伝わっていました。

 天台宗の総本山延暦寺。宗祖は最澄。それまでにあった南都六宗は国家の庇護を受けて祈祷を行なうだけの僧侶の集まりで、大衆の救済や教化活動は何もしていませんでした。こういう状態にあったとき、最澄身分の上下に関係なく仏になれると主張しました。
最澄は『解脱の味は独り飲まず 安楽の果は独り証せず』という言葉を残しています。悟りを得た喜びをひとり占めせず、悟りによる安らぎも自分だけで享受しないという意味です。すなわち、苦楽をともにし、ともに悟ろうという誓い。まさに釈尊の態度と同じで、天台宗の根本精神はここにあるといってもいいでしょう。『国宝とは何物ぞ 宝とは道心なり 道心有るの人を名づけて 国宝となす』
国の宝とはいったいなんであろうか、宝とは仏の心を求める心である。この心あるひとを国の宝とするのである。最澄は仏教を世俗の何らかの手段としてではなく、人をすくう、ひいては国を救う宗教として純粋に取り組みました。釈迦牟尼仏を本尊とする天台宗派総合的な宗派ともいえ、人材的にも天台宗は後の鎌倉時代に活躍する祖師たちが学んだ場所になりました。

 最澄が開いた天台宗には顕教と密教がある。台密というのが天台宗のそれにあたり、最澄より七歳若い弘法大師空海が宗祖の真言宗の密教のことを東密といって、この二つが日本仏教での密教になります。これとは逆に、顕教というのは教説が言語文章で表されているもので、浄土宗や浄土真宗、禅宗があたります。
最澄の天台宗も、空海の真言宗も根本は中国から輸入した仏教ですが、日本人による日本民衆のための日本の仏教を確立したのが法然。彼の開いた仏教は浄土宗。天台宗も真言宗もどちらかといえば難しい仏教で、かつ呪術的な要素を持ち合わせたため権力者に利用された事実もあります。文字も読めず知識も乏しく一般大衆にはまだまだ高いところにあった仏教を、わかりやすくして万人の為の仏教としたのが浄土宗です。
『南無阿弥陀仏』、これをとなえるだけで誰もが悟りを開けて極楽往生できると法然は説きました。これまでの、教義を理解し戒律を守り自己の中の仏性を信じて修業することによってしか到達することができなかった悟りの聖道門。他力による浄土門。他力とは、他人に依存するのではなく、我が身をいっさいの仏の智彗と慈悲の働きにまかせてしまうという絶対信頼の態度。
法然の弟子、親鸞が開いたのが浄土新真宗。『悪人なおもて 往生す いわんや善人をや』といったのが法然。『善人なおもて 往生をとぐ いわんや悪人をや 他力をたのみたてまつる 悪人もっとも往生の正因なり』と言ったのは真鸞。どちらも善人ばかりではなく、悪人も往生できるといってます。善人とは浄土に生まれて仏になるために準備をしたり、仏教的によい行いをしたりできる人のこと。悪人とは、そういったこともできず自分の前世の罪の深さに気付いた人のことで、往生したくとも煩悩はあまりに深く欲望ばかりを持て余してる人のことで、生きること自体罪をつくってしまう人間のこと。そういう人こそ善人を越えて往生にもっともふさわしいと親鸞は主張しました。これを悪人正機説といいます。
浄土宗では自分の口で念仏をとなえるけれど、浄土真宗ではこの念仏をとなえる行為すらも阿弥陀仏の本願力によるという、徹底した他力思想に発展。信心という自意識まで仏さまにあずけてしまう態度だから、もはや守るべきとされている戒律も無意味になり、浄土真宗では肉を食べることも、妻帯も許されるわけです。絶対他力の念仏信心で浄土に行くことを往相といいますが、行きっぱなしだと現実逃避な態度になりますが、親鸞は還相も教えており、悟りの世界に行ったら今度はこの穣土に戻ってきて、浄土でこの世を包みこめとしています。こうして自他ともに救われる構図ができあがるのです。

 禅宗を日本で初めて開いたのは栄西の臨済宗。公案を用い四六時中考え続けることで、雑念から離れ精神統一が養われ、座禅で静を頭の中では動をということです。しかし、公案を用いない禅もあります。道元の開いた曹洞宗。坐って坐って坐りぬく、悟るためとか悩みを払うためとか、何か目的があって坐ってはいけないと道元はいってます。
 『あらゆる宗派は法華経に統一すべき』と唱えたのが日蓮宗の日蓮。現実世界を常寂光土に変えようと不断の努力を続けました。日蓮は『この世こそが浄土だ 如来は死ぬのではなく入滅するのだ そして久遠実成の釈迦牟尼仏としてこの世に常住しているのだ』仏さまがこの世におられるのだから、来世に浄土を求める必要はなくなる。この世で救済はなさる。だから法華経に帰依すれば、この世が仏国土になるとと唱えました。

 最後の方は手抜きになりましたが、ざっとこんな内容でした。宗派により多少異なってくる部分はあるにしろ、仏教を見なおしました。キリスト経や仏教、イスラム経やヒンズー経、創価学会やオウム真理経。なんかそんなんを全部ひっくるめて、宗教って認識してたけど仏教に対する意識が変わりました。
 時間があれば、もう少し詳しく学んでみたいと思います。

日本人が拉致されたニュースは前程驚かなくなってしまった自分に呆れたりもするけど、今回拉致された殺害された香田さんや、拉致し殺害した人達にも呆れてしまいました。『何してんの?』って感じです。
前回、外交官二人が殺害されたニュースがあったけど、あの時奪われてしまった二人には敬意を表しますが、今回のは頂けません。大体、危険と解ってる所に何の準備もなしに無謀な好奇心だけで向かった事自体が馬鹿げてます。『小泉さんスイマセン。また日本に帰りたいです。』 家族の帰ってきて欲しいという気持ちは痛い位わかります。でも、危険を承知で行ったなら潔さを見せて欲しかったな。
こんな事を言うと極右とか、チョットおかしいとか言われたりするのかもしれないけど、自己責任だと思う。  前回拉致されて戻ってきた人なんて、あれだけ迷惑をかけておいて、結局何も役にたってないからねー。最前線で見てきたのに、世の中流れ一つ変えれてないじゃん。しかも、前回の拉致のおかげで『馬鹿な真似はよそう』って教訓にもなった筈なのに、今回の事件はね〜・・。今回はあまりにも馬鹿らしくて、ニュースに興味を持てなかったから詳しく見てないけど、親族の発した『みなさん迷惑をかけてスミマセン』には涙が出そうになったよ。失った悲しさを押し殺してテレビカメラに向かって謝る親の世代。

 そもそも、何でこんなに人が死ななきゃいけないんだろ。間接的な殺人犯は時期大統領選挙がどうのこうので、演説してます。お前は何がしたいんだ? 勝ちたいなら何でもいいのか? もっと世界の平和を願ってよ。無駄な戦争は起こすな。
でも、どんなに願っても人が人で在る限りは争い事は絶えないんだろうけど・・・

あんまりまとまらなかったけど終わり。

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